●第80話〜第81話
・「クールビズ」に想う
・ホテルの鴨の異変
●第70話〜第79話
・戦争と平和―8月15日に
・ささやかな贅沢か
・李登輝いまの日本を憂う
・自動化のプラスマイナス
・葉っぱビジネスで村興し
・転落の歴史に何を見るか
・ブランド志向その2
・号令社会と40年体制
・ひとりごと3年分目次
・人間の可能性を見た
●第60話〜第69話
・こころをつかめば
・温熱環境と顧客満足度
・人類はどう生きていくか
・神様の教えに従えば
・タイガーウッズなみの〜
・ブランド志向
・原爆忌 追悼文の紹介
・国営ラーメンと〜
・「戦争を知らない君達へ」
・情緒環境汚染
●第59話〜第50話
・「さとうきび畑」
・中国人が見た日本人
・平易な言葉が通じやすい
・ともに生きる鴨
・祝婚歌
・ROTARY?
・ひとりごと22ケ月
・米国の契約書
・黄河の断流
・都市社会学とロータリー
●第49話〜第40話
・地球法廷 環境を問う
・温感を養う
・マングローブが造る環境
・世界の窓から…
・年間9兆円の…
・どうなって行くのか日本
・暑さを想いだす
・後藤田五訓
・情報過多に悩む
・聞いてもらえる話の仕方
●第39話〜第30話へ
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川妻 二郎
(カワツマ ジロウ)
広島管財株式会社 代表取締役会長
広島物産株式会社 代表取締役社長
社)全国ビルメンテナンス協会 相談役
社)広島ビルメンテナンス協会 相談役
社)広島県警備業協会 相談役 |
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(2005-Jul.31) |
| 第81話 「クールビズ」に想う |
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日本の梅雨時から夏にかけての気候は高温多湿で、ネクタイを締めて背広の上着着用のスタイルは、忍耐を通り越して時にはこっけいだとかねがね思っていたから、今年、政府の音頭とりで始まった「クールビズ」はせいぜい利用をと考えたが、意外に難しいことが解ってきた。この種の習慣変更はみんなが一斉に始めないと難しいし、得意先を訪問するとなると、あわててネクタイを締めるなど、二重生活をしている様なもので、どうもスッキリしない。
たまたま旅行中に買った「Yウィークリー」に「1000人の女性にきくクールビズ」という調査結果があり、半数以上の女性は「さまにならない」という厳しい評価を具体的に下している。ではどうすれば「さまになるか」というアドバイスも答えており、来年以降も続けた方がよいという回答が80%を超えている点は、われわれ男性側も少し考えた方が良さそうだ。そこで。
背広を着てネクタイを締めていれば紳士――いわば包装紙で相手を評価するような今までの考え方を少しづつ変えていっては。クールビズにしても相手に不快感を与えない工夫をしてみては。「女性は、男性の夏冬関係ない厚着にあわせた空調のオフィスで冷え性や風邪を患っています。」という声にも耳を傾けるべき。 |
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(2004-Aug.29) |
| 第80話 ホテルの鴨の異変 |
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9話と56話で紹介したホテルの池へ毎年飛来する鴨は、春から夏にかけて旅人の心をなごませてくれる一服の清涼剤だが、今年はその鴨に異変が起こったのである。
一昨日朝食のときに、池に鴨が一羽だけ泳いでいたので支配人に「なぜ?」と聞いて見たら、先日となりの神社の山から忍び込んできたヘビにやられてしまい、一羽だけ残ったとのこと。そのヘビは白蛇で従業員も追い払うことに留めたそうだ。その気持ちも分からないでもないが、毎年忘れずに飛んでくる鴨はなんとも可哀想なことだ。
さて、来年の飛来がどうなるのか。 |
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(2004-Aug.15) |
| 第79話 戦争と平和 - 8月15日に |
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夏休みこども科学相談なる番組を車の中でラジオで聞いていたらこんなのがあった。
「蜂はなぜ黒い服の人を狙って刺すのですか」小学校4年生だが、これに答える専門家は「良く知っていましたね。黒い衣服が狙われることは事実です。だからミツバチの業者は作業のときは白い服を着ますし、蜂の巣を除去する作業も必ず白服なのです。しかしなぜかはほんとのところ分かっていません。一番有力な説は人間が現れる以前、熊に巣が襲われることが多く、そのことで黒いものを見ると攻撃することが本能のなかに組み込まれたのではということです。」
数日後新聞で読んだ生命科学者柳沢桂子の「人間はなぜ戦争をするのか」という記事には、「類人猿の時代から暴力を振るっていたという歴史がある。これは集団としてのメンバー同志特別な感情を持ち、外部の人間に対して攻撃的になりやすい。(内集団、外集団偏向)これがDNAに組み込まれているのでは。なぜ人間は戦争をするのかについては、DNAまでさかのぼって深く研究して見る必要がある」
しかしである。神戸の地震の際、だれに命令されるでもなく若者がボランティアに馳せ参じたのは、人間本来の困った人を見ると助けようと思う本能的な行動だと読んだことがある。これまたDNAの為せるところか。同じようなことだが、2年前イスラエルとパレスチナのこども数人ずつを東京に招き1週間を過ごさせたが、「僕たちはすぐ仲良くなれる。大人は何故憎みあうのだろうか」
人間の本能、DNAの中には、闘争を好むものと、平和を好むものとが共存しているのかも知れない。言い換えると利他と利己が共存していて、その時々どちらかが勝ると正反対のことが起こってしまう。これをコントロールしているのが「規範」「良識」であろう。そしてそれを醸成するのが、教育ではなかろうか。 |
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(2003-Oct.28) |
| 第78話 ささやかな贅沢か |
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目の前に出される料理の量が多いと私の食欲はとたんに落ちてしまうのである。せっかく一生懸命に作ってたくさん食べてもらいたいと提供する立場を考えるとまことに申し分けない事だが、そうなってしまうから致し方ない。
そういえば似たような記憶がいくつか思い出される。山口県のある川の上流に鮎料理の店があり、シーズンではあるし意気込んで出かけたはよいが、背ごし、酢の物、味噌汁、佃煮、てんぷら、鮎飯などなど、まさに鮎ずくしなのである。これでもかこれでもかと続くと途中でお手上げである。
正月に出かけた九州の温泉宿では食卓一杯に並べられた皿数は14くらい、見ただけでゲンナリとなってしまう。いずれも提供する側はおいしいものをたくさんそろえる事が"サービス"のつもりだろうが、もう少しなんとかならないものだろうか。
胃袋が小さい私はカレーを頼むときに「ご飯は半分」、ヒコーキでも「ウーロン茶半分」などといってみるが、殆ど無視されてしまう。先日機内で「ウーロン茶4分の1」と言ってみたら「これくらいでいかがでしょうか?」と3分の1にしてくれた。自分でも少し嫌味かなと思うが、これがささやかな贅沢なのである |
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(2003-Oct.14) |
| 第77話 李登輝いまの日本を憂う |
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台湾の前総統李登輝が最近の著作「武士道解題」の中で「国際社会全体が不況と不安に晒されているときに、最も頼りになるべき国のひとつ(日本および日本人)まで混乱と混沌の中を漂流し続けていたら、人類社会そのものが羅針盤を失いかねない」と書いている。彼がこれほどまで日本と日本人を買っているのは、日本に生まれ台北高校、京都帝国大学に学び、新渡戸稲造ならびにその著「武士道」の影響を大きく受けているからであろうが、心から日本を愛しそしていまの日本を憂えて、やむにやまれず筆をとったという心情がこの本の随所に溢れている。
「いま日本を震撼させつつある学校の荒廃や少年非行、凶悪犯罪の横行、官僚の腐敗、指導者層の責任回避と転嫁、失業率の増大、少子化など、これからの国家の存亡にもかかわりかねないさまざまなネガティブな現象も、「過去を否定する」日本人の自虐的価値観と決して無縁ではない、と私は憂慮しています。」
日本の歴史と文化を十分に理解し、海外から冷静にいまの日本を眺めた上での、日本人に対するアドバイスと受け取ってよいのではないか。
「数千年にわたって営々として積上げられてきた日本文化の輝かしい歴史と伝統が、60億人余の人類社会全体に対する強力なリーディング・ネーションとしての資質と実力を明確に証明しており、世界の人々からの篤い尊敬と信頼を集めているからです。私自身が日本の教育の中で豊富な知育と徳育を授けられ、それを通して知識や智慧に目覚め、「人間いかに生くべきか」という根本的な哲学や理念を身につけてきたからこそ、なおのこと、この人類史的危局の中において必要とされている「日本の心」の大切さを、思い起こさずにはいられないのです。」
思い出したことがある。2〜3年前、世相を憂える有識者のテレビ座談会で、いまの日本を救う指導者にだれがいるかの論議の末、最適任者は「李登輝」であったことを。 |
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(2003-Jun. 8) |
| 第76話 自動化のプラスマイナ |
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オーストラリアの幾つかのホテルに泊まってみて気がついたのは、バスタブにオーバーフローの孔がないことである。過去何回かのときも全く同じ思いをもったが何故だろうか。オーバーフローの孔がなければ、お湯を入れるときどうしても慎重にならざるを得ない。床にまで溢れさせては大変なことになるからである。このことは加えて節水にも繋がるであろう。
昨今なんでも自動化の時代、トイレに入れば自動的に電灯が点き、便座に座れば自動的に水が流れ、洗濯機に洗濯物をほうりこんでボタン一つですべて終わる。
自動化は「自分で気をつける」「目分量で決める」などの学習効果を退化させているのかもしれない。自動化はたしかに便利で合理的だが、問題の本質をだんだんわからなくしてしまい、人間としての生き方を見失うことにもならないかと、シドニーで考え込んだことである。
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(2003-May. 3) |
| 第75話 葉っぱビジネスで村興し |
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「ひとりごと」を10ケ月も休んでしまった。そろそろ再開しよう。
四国の僻地の山村での話である。
もともとみかんの産地であったが、台風の大きな被害とその後の価格下落でみかんの栽培ができなくなり、ほかの産業もなく、耕地も少なくて若者は町へ出てしまい、65歳以上が50%という過疎の村である。
農協の職員の1人がこの村でできることを一生懸命に模索した結果が、刺身の"つま"と山の"葉っぱ"を結びつけることであった。
焼き魚にはもみじの、しかもいろ鮮やかな朱色はどういう品種のもみじと言う具合に原料探し、新しい品種のもみじ栽培へと年々高度化してゆくが、それはお年寄りが興味を深めて自ら考え行動してゆくらしい。お弁当にはさくらのつぼみの小枝になにかをくくり付ける二次加工まで加わり、提供できる商品品種はいまでは何百種とか。
もともと山村ゆえにお年寄りも山へ入るのはお手のもの、扱うものはいとも軽いし、原価はほとんどただに近い。80歳を超えた人がパソコンで売れ筋の商品を探し、自分の毎日の売上実績をチェックしているさまはまさに驚きである。
勿論前述の職員ひとりがデータ管理を引き受け、大都市の市場との販売交渉をしているらしいが、お年寄りの中には年間売上数百万円というのもある。
もっと驚くのはみんな生き生きしているのと、村で寝たきりの老人は2人しかいないということである。
これは5月2日の夜のテレビ番組で見たばかりのことだが、学ぶべきことは大変多い。」
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(2002-Jul. 6) |
| 第74話 転落の歴史に何を見るか |
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「戦前の帝国陸海軍の転落の歴史から、同じ官僚組織にいる現在の行政マンが何を学ぶべきかという問題意識から出発した。だが、その旅は、組織論的なヒントをつかむといった次元を超えて、日本社会の底流に触れ、歴史のうねりというものにまで及ぶこととなった。」
著者がはじめに述べているとおり、日露戦争とノモンハン、太平洋戦争の戦史比較から学ぶべきものを探し、今の日本にどう役立てるかという視点で書いているが、不透明な日本の行く末を考える上で大きな示唆を与える。
例えば奉天会戦では当時世界一のロシア陸軍に対して、劣勢の日本陸軍は馬、砲、兵の総合力を発揮して勝つことが出来たが、34年後のノモンハンでは、ロシアが奉天の教訓を生かして日本軍を破るが、日本は教訓を生かすことが出来なかった。真珠湾で大敗を喫したアメリカはこれからの戦争は航空機主流と肝に銘じ建造中の戦艦も急遽航空母艦に改装する手を打ったが、日本は逆に海軍の主流派は大艦巨砲主義から脱しきれなかった。種々の要因はあるが、明治のリーダーのような「ジェネラリスト」が居なくなったことが大きい問題だと著者は指摘している。著者斎藤健氏は通産官僚からいまは内閣の行政改革企画官だったと思う。
ちくま新書2002年3月発行
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食品製造加工での品質認証制度といえばHACCPで、これはISO9000などよりさらに厳しい制度ときいているが、雪印食品の事件が明るみに出てみると、HACCPは一体なんだったのかと言うことになる。
安易にブランドを信用しているとこんなことになってしまうのだが、さてそれではなにを信用して行くのか。
一つ一つ自分で確かめてかからなければならないが、手間を考えると大変なことだ。
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このごろ「号令」をかけられて行動することが、気にかかってきた。お葬式では葬式業者が「合掌」しばらくして「礼拝」といかにも厳かそうに号令をかけて、会葬者もなんの不思議もなく一斉に行動を起こす。昔のお葬式にはこんなしきたりはなかった筈で、一体いつ頃からこんなことにしてしまったのか。いいピアノ演奏とか、いい講演のときには自然に拍手が沸いてくるものだが、司会者はここで「もう一度拍手を」と号令をかけてくる。二度拍手しないと失礼になるとでも思っているのかと、つい思いたくなる。
先年アメリカでロデオの会場へ美女が馬上ゆたかに星条旗をかかげて入場してくると、広いグラウンドの観客席は入り口から順次立ち上がって行くではないか。波が伝わるように立ち上がるさまはみごとで、日本では号令をかけなければ出来ないことだと感じたことを昨日のように思い出す。
立花隆の論文「日本国の1940年体制」は戦争遂行のために経済も政治も「お上」の統制下に置いた行動様式が、戦後の効率的な復興に役立ったものの、いまだにこの考え方が頭の中にまで染み付いていて、号令がかかることを待っている姿が多いらしい。そういえばわれわれの日常周辺にもその事例をあげることは容易だ。
いろいろ事情があるのかも知れないが、すくなくとも「哀悼」とか「感動」の表現のときには号令をかけてもらいたくないものだ。 |
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(2002-May. 12) |
| 第71話 ひとりごと3年分目次 |
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10日に1話づつのつもりで書きはじめたが、20日に1話くらいになってしまった。たまに「読んだよ」とメールが届くと嬉しいもので、継続への励みになっている。あの頃はこんなことを考えていたのだなと日記の役割を果たしてくれている。はじめのころまで遡って探すのは大変なので題名のみ一覧にしておくことにした。
99年
7月
第 1話 アポリジニに学ぶべきこと
第 2話 1万メートルの上空から眺める
8月
第 3話 公園の清掃で
第 4話 奈良公園の芝生は誰が刈っているのか
第 5話 金子みすず「大漁」
第 6話 金子みすず「蜂と神さま」
第 7話 掃除と人間修行
第 8話 5段階より4段階評価
9月
第 9話 鳥の不思議
第10話 百年前に学ぶ
第11話 マツダ防府工場に学ぶ
第12話 野のゆり
第13話 蝶の不思議
10月
第14話 自分に問いかける
第15話 ゼロエミッションの副作用
第16話 新しい発見
11月
第17話 かんきょうな想い
第18話 2000年という年
12月
第19話 都市ごみ「ゼロエミッション」思いつくまま
第20話 「健康的室内空気の快適環境」――生活者の立場からの雑感
00年
1月
第21話 100年前と100年後
第22話 岩村博士とPHD運動
第23話 21世紀の夢
2月
第24話 標準作業
第25話 由布院雑感
第26話 朝起き
3月
第27話 ピカピカの床面が語るもの
第28話 建物床面(ハードフロア)の保護膜に求められる機能
第29話 いわおこしの道路
第30話 中国語でうたう日本の心の歌
第31話 Do your best
第32話 日本人の源流
4月
第33話 鳥が教えてくれた空(その1)
第34話 鳥が教えてくれた空(その2)
5月
第35話 都営地下鉄の中吊り広告
6月
第36話 貝原益軒
第37話 高村光太郎の「牛」
第38話 エスカレーターに見る文化
第39話 初心者のための席の譲られ方講座
第40話 聞いてもらえる話の仕方
7月
第41話 情報過多に悩む
8月
第42話 後藤田5訓
9月
第43話 暑さを想いだす
11月
第44話 どうなって行くのか日本
12月
第45話 年間9兆円の官公庁保全の世界の縮減に挑む2つの方法
第46話 世界の窓から日本の保全業務の問題点を眺めてみると
01年
1月
第47話 マングローブが造る環境
第48話 温感を養う
第49話 地球法廷 環境を問う
第50話 都市社会学とロータリー
2月
第51話 黄河の断流
3月
第52話 米国の契約書
4月
第53話 ひとりごと22ケ月
第54話 ROTARY?
5月
第55話 祝婚歌
6月
第56話 ともに生きる鴨
7月
第57話 平易な言葉が通じやすい
第58話 中国人が見た日本人
8月
第59話 「さとうきび畑」
第60話 情緒環境汚染
第61話 「戦争を知らない君たちへ」
9月
第62話 国営ラーメンと公共建物清掃のWTO
第63話 原爆忌追悼文の紹介
10月
第64話 ブランド志向
12月
第65話 タイガーウッヅなみのミラクルショット
第66話 神様の教えに従えば
02年
1月
第67話 人類はどう生きて行くか
3月
第68話 温熱環境と顧客満足度
4月
第69話 こころをつかめば
第70話 人間の可能性を見た
5月
第71話 ひとりごと3年分目次
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(2002-Apr. 29) |
| 第70話 人間の可能性を見た |
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昨夜のこと、番組を半分しか見ていないから正確さを欠くかもしれないが、書いて置きたい。
11才になる日置流奈(ひおきるな)ちゃんは生まれながらの脳障害児で、目と耳は大丈夫だが歩くこと話すことは出来ない。両親と本人の大変な努力が功を奏して本を読み、自分の意見を母親に抱かれ手を添えてもらいながら、母親の持つ50音表の一字ずつを指し示して、それを見ている母親が声に出し、さらにそれを聞いた父親がパソコンに打ち込む。手が動けば自分でパソコン操作も出来るのだろうが、字を指し示すことは出来ても押す力も無理なのだろう。
これまでに2000冊の本を読み、大人の感覚で意見を述べるところまで天才的な成長をしているのは驚くばかりだ。最近では母親と二人三脚で多くの人々とタウンミーティングのような会話を交わし、感動を呼んでいる。ここまで出来たのは両親の愛情と根気のいる知的訓練、さらに本人の全身を振り絞っての努力があったればこそだが、そこに人間の可能性を見て周囲の人々に生きることの大切さを教えていることは素晴らしいことだ。
参考までに
番組は4月28日NHK総合テレビ21時NHKスペシャル
再放送の問い合わせは 03−3465−1111
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先日聞いたばかりの話である。
米国ノースカロライナ州の田舎町に生産工場を進出させた日本のM電気の現地責任者K氏の話のことである。
工場の建設工事が始まるとボランティア団体などからの会合出席案内や寄附の勧誘などが増えてくるが、その都度K氏の答えは「本社の指示で寄附には応じられない。出席もできない」ということしかなかった。
建設工事中に小火が発生し大事には至らなかったが、遠い宿舎から駆けつけたK氏は早速消防署に挨拶したいがと、火災現場にいる人に尋ねたところ、「この町には消防署はない。自分たち町の住民がこうして自衛消防団を作って消すのさ。」
数週間後夜中に自分の娘が高熱を出したので、救急車を呼んだところ車を運転しているのは、自分の会社の工場長ではないか。びっくりして訊いてみると、この町ではみんなが交代でボランティアで勤務しているとのこと。
工場が完成したころ町のスポーツ大会があり、最初始球式で投げてくれと言っていたのが、急に役割が変更になり、国家斉唱のソングリーダーと言うことになった。たまたま歌が得意で米国国家も歌えるK氏は高らかに歌い絶賛を博したが、その後の住民との関係は大変スムーズになったそうである。
地域と個人の関わり合い、地域と企業の関係、国と国の付き合い方などなど、考えさせられることの多い話である。
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脚が冷えると神経痛が出るため、関空からロスアンゼルスへ飛ぶ機内に厚手の靴下やカイロ以外に熱伝対の2ケ所同時測定の温度計を持ち込んで、ひそかに周囲の温度を測定してみた。
席に座った位置で頭の高さでは23〜24度に対し、床上5センチの靴の上では18〜19度で、驚いて何度測定してもほぼこれくらいであった。一方サービスエリアの広い場所では床上5センチと胸の高さでは2〜3度の差であった。
因みに何度に温度設定しているのかと聞いてみたら、24度ですと答えがかえってきた。快適な温度に設定していると供給者側が思い込んでいても、実態はこんなものである。しかもそのことに気がついていないと思われる。これは航空会社の問題より航空機メーカーの問題なのかもしれない。
帰国して我が家の室内温度を測定したら、足もとと頭の位置では4度くらいの差があることを知り、「室内温度○○度」というのは大変難しいということを、改めて認識した次第である。夏の軽井沢、冬の熱海の環境は室内では得られないことを思い知ったことである。
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先日聞いたばかりの話である。
米国ノースカロライナ州の田舎町に生産工場を進出させた日本のM電気の現地責任者K氏の話のことである。
工場の建設工事が始まるとボランティア団体などからの会合出席案内や寄附の勧誘などが増えてくるが、その都度K氏の答えは「本社の指示で寄附には応じられない。出席もできない」ということしかなかった。
建設工事中に小火が発生し大事には至らなかったが、遠い宿舎から駆けつけたK氏は早速消防署に挨拶したいがと、火災現場にいる人に尋ねたところ、「この町には消防署はない。自分たち町の住民がこうして自衛消防団を作って消すのさ。」
数週間後夜中に自分の娘が高熱を出したので、救急車を呼んだところ車を運転しているのは、自分の会社の工場長ではないか。びっくりして訊いてみると、この町ではみんなが交代でボランティアで勤務しているとのこと。
工場が完成したころ町のスポーツ大会があり、最初始球式で投げてくれと言っていたのが、急に役割が変更になり、国家斉唱のソングリーダーと言うことになった。たまたま歌が得意で米国国家も歌えるK氏は高らかに歌い絶賛を博したが、その後の住民との関係は大変スムーズになったそうである。
地域と個人の関わり合い、地域と企業の関係、国と国の付き合い方などなど、考えさせられることの多い話である。
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犬も食わぬ嫁姑の仲と昔からよく言われたものだが、この話もご多分にもれずの仲である。姑は嫁の作った料理は半分も食べずに席を立ってしまう。近所の井戸端会議では嫁の料理をはじめ何やかやと悪口三昧、回りまわって嫁の耳に入ることも計算ずくみたいなところさえあるようだ。思いあまった嫁は懸命に神棚に祈った。連日の祈りが通じたのか神様が扉を開いた。
「神様ご覧の通りです。何とか助けてください。」
「どうしてほしいのかな」
「いっそのこと殺してしまいたいのです。」
「殺せば罪になる。じわじわと弱り遂には死にいたる方法を教えてあげよう。」
神様は薬を渡し毎朝の味噌汁に入れるようにと教えた。が1ケ月経っても2ケ月経っても一向に効き目は出ず、食べる量も減るばかり。
「神様の言われるとおり毎日薬を入れていますが、効き目が有りません。薬の入れ方が少ないのでしょうか。」「食べてもらわなければ薬も効かぬ。食べてもらえるような美味しい料理をつくることだ。腕によりをかけてな。」
それから1ケ月なんとか食べてもらわねばと、料理教室に通ってまでして前とは見違えるほどの美味しい料理を作った。早く薬が効いて死んでもらおうと念じているから真剣である。嫁が出したものを姑が全部食べるようになったのは程なくのことである。井戸端会議では嫁のことを誉めるようにさえなった。「神様の言われるとおり美味しい料理をたくさん食べてもらうようになりましたが、薬の効き目は見えてこず、ますます元気です。」
神様「それで万事うまく行くのだよ。」
この話は広島大学の和田直教授がロータリーのガバナーに成られたころ、先生から直接お聞きした記憶がある。「何事もうまく行かない時は、自らを省みることが出発点」との教えであろう。25年も前のことである。
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昨日12月9日広島カントリー八本松コース5番ホールで、タイガーウッズ並のミラクルショットを体験することが出来た。
5番ホールは177ヤードのショートホール、スプーンがミスショットでピンまで70ヤードを残
したのでFウエッジを持ったが、これがトップになってグリーンオーバー、幸い木が邪魔にならず打てる状態なのでサンドウエッジを持った。ところがグリーンエッジまで約7メートル、グリーンは高さ3メートルの位置エッジからピンまでは約7メートルで緩やかな下り傾斜。私の腕ではまたまたオーバーにならずグリーンに乗りさえすればとの思いで打った。これがエッジ手前の肩にあたりエッジ付近に止まったかに見えた。ところがパートナーの3人が「やー動き始めたぞ」「入るぞー」私も急いで駆け上がってみるとまさにホールインする瞬間であった。タイガーウッズが御殿場コースで見せた見事なミラクルショットも似たような場面だった。タイガーも3オン0パット、私も3オン0パット。証人はパートナーの岡崎さん、名柄さん、田村さん。
私の拙いゴルフ歴のなかで、奈良国際でのダイレクトホールインワンと並んで、忘れがたい奇跡のチップインであった。
当日のスコア?
――― 聞かないで下さい。
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ひところ盛んだったグッチーだ、エルメスだという流行はまだ衰えていないらしい。それが自分に似合っているかよりも、今流行だから急いで買い求めるらしい。
かつてのデミング賞や最近のISOばやりにも、全部とは言わないまでも似たようなところが見えてしょうがない。一昨年英国、オランダなどでISOなどの話を聞いたとき、日本との違いに驚いたものだ。かの国では丁度建築基準法や労働基準法を守っているのと同じような感覚で、ISOを取得しており、従ってパンフレットや名刺に派手に書くようなことはしていない。
私どもの業界もごたぶんにもれず、ブランド志向が多く見られるが、そのうち実質が問われる時代が来ることは間違いない。社会全般にまだまだブランド志向と実質の違いを見分ける評価能力が低いところを改善してゆかねばという思いを痛感している。 |
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原爆投下から早や56年が経ち、何時の間にか、私は祖父が被爆した年齢になりました。私の祖父母は、二人とも市内で被爆しています。幸いこれといった怪我も負わず、強いて言えば祖母が白内障を患っていたくらいですが、それも数年前に手術し、今は二人とも健康に暮らしています。
今回こうしてこの場で、原爆で亡くなられた先輩方への追悼を捧げるに当り、改めて戦争について考えました。
被爆地・ヒロシマに生まれ、私たちには小学校の頃からきちんと平和学習を受ける機会がありました。資料館も身近にあり、平和と戦争の被害について考える要素には本当に事欠きませんでした。
女学院へ入学して、私は初めてヒロシマ以外の被爆地や戦場についても学びました。一番初めは『夏雲』を元に、戦時中、女学院がどのような立場にあったか、また先輩方がどれ程辛い中で女学院に通い続けられたかを学びました。『夏雲』に載せられた生々しい手記が、実に痛ましかったのを覚えています。同じ女学院生が、生まれてくる時代が違うだけで、戦争に利用され、家族や自分の命まで奪われたのは、酷く私をやるせない気持ちにさせました。その後、中三で長崎について学び、そして今は沖縄について学んでいます。
ヒロシマ以外の被害地を学ぶというのは、戦争を加害者としての視点からも考える、思わぬきっかけをもたらしました。長崎も沖縄も当然日本の一部ですが、ヒロシマ以外の場所について学ぶことで、僅かながらも視野が広がり、日本の与えた被害についても考えてみる気になったのです。今、日本の歴史の教科書の内容について批難されていますが、細かい表現はさておき、被爆地に生まれたからこそ、余計に加害者としての戦争を学ぶ必要があると思います。
日本には、被害者としての平和に対する義務感はあっても、加害者としてのそれは余り芽生えていないように思えます。幼い子供にも、被害と加害、両方の戦争を伝えるべきだと思います。殺されることだけが恐ろしいのではなく、殺すことも恐ろしいと教えることが必要だと思います。
56年という歳月は、癒えるには短いですが、忘れてしまうには十分な長さに感じられます。事実、被爆者の方々の高齢化も進み、若者が被爆体験を直に聴く機会も無くなりつつあります。
「若いもんに、もうあんな思いはさせとうないのう」と言った祖父の言葉は、重みを持って私の心に残っています。こう言ってくれる人々がとうとういなくなってしまった時、一体誰が戦争を止めることが出来るのでしょう。反省も無くまた戦争を繰り返し、生きた証人を再生産する外ないのでしょうか?
やがて来るその日の為に、戦争を知らない私達が、ヒロシマや多くの被害地の意志を受け継いでいかなければならないのだと思います。実際の経験には劣っても、知らない人の求める平和と、学んだ人の求める平和では、その重みは違います。
被爆地としてしか訴えられないことは、多くあります。同じように、加害者としての反省の中にも、平和への糸口は多くあります。『平和を実現する人々は、幸いである』という聖書の言葉は、思ったより簡単ではありません。実現が可能かも、悲しいことですが分かりません。しかし、実現させようとすることは、決して無駄にはならないように思われます。戦争を知らない私達が果たしてどれだけ平和を求めることが出来るかは分かりませんが、先輩方が命と引き換えに残してくださった痛切な声に耳を澄ませ、学び、平和に近付いて行きたいと思います。
2001年8月6日 在校生代表 小川 紋子
この追悼文は幟町の広島女学院でとりおこなわれた同校の平和祈念式で、高校2年の小川さんが在校生代表として捧げた追悼文である。バランス感覚にすぐれた考え方をもち、文章としても脈絡の通ったきれいな文章だったので、とくにお願いして入手し再録させてもらった。「今どきの若いものはーー」などの声が多い中で、こんな素晴らしい人もいることを紹介したい。
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最近の新作落語に「国営ラーメン」というのがある。店の入り口では入場許可申請書に記入署名捺印、机に座ろうとすると着席券の購入、さらには食器使用申請書と次から次にと手続きが求められるのだが、かつてのお役所仕事を風刺して笑わせる。
回りくどいことばかりでことの本質をついてないところに問題があるのだが、この落語を聞いていて、私はふと公共建物清掃のWTO対応入札方式に似たところがあるなと感じてしまった。需要者が真に求めているものは何かが霞んでしまって、周辺の条件ばかりを気にしているところがよく似ていると思ったのだ。多少言いすぎかな
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この夏NHKが放送した「戦争を知らない君たちへ」の8月13日は、作家城山三郎、作家澤地久江、外交評論家岡本行雄の三人と二十代、三十代のわかもの40人ばかりとの対話で始まった。なかなか面白い番組であったが、もっとも印象的だったのは最後の場面で、沢地久江が投げかけた「戦争のことをもっと知りたいと思うか否か」の問いかけに対し、全員が「もっと知りたい」と手をあげたことである。
聞いた本人も「予想外のことだ。自分たちは生まれていないときの事だし関係ないよという答えが出てくると思って聞いたのに。」と戦争から学ぶべきことを後世に伝えようとの思いの強い彼女は感銘しきりであった。
私はべつの意味で感慨にふけっていた。子供は多分こんなことは教えられたくないと、大人が勝手に思い込んで教えることに躊躇していることが、きっと有るのではないか。子供の方では教えてくれてもいいのにと待っているのに、大人はなにも教えてくれない。そのことが大人と子供のギャップを大きくしてしまっているのではないか。
少しおかしくなった日本を建て直すためのひとつの鍵かも知れない。
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昨年12月の新聞で北米と北九州で蛙の奇形が多発しているという記事を見ました。足が6本とか一つ目になるみたいで、原因を究明中だがどうも環境汚染が影響しているらしいと書いてありました。私はこれは人間に対する警告メッセージではないかと思いました。水俣でも最初のころは魚や猫に異常が発生していたのですから。しかしこれらの所謂環境汚染問題はいずれは人間の知恵で解決してゆくものだとおもいます。汚染の因子が解り測定も出来るからです。
ところがもっと厄介な汚染問題は心の問題です。いってみれば情緒環境汚染とでもいいましょうか、こちらの方は汚染の因子が複雑に絡み合っていて、測定も難しい。神戸を始めあちこちで起こっている少年事件は蛙の奇形と同じく人間社会に対する警告メッセージではないでしょうか。いやこちらの情緒環境汚染の影響はすでにかなり広く拡散して来ているのかもしれません。戦後の50年を振り返ってみるとき、前半分は焼け野原から見事な復興を成し遂げ海外からも羨まれる存在でしたが、後半分は利便性こそ向上したものの価値基準がお金中心で、心の問題を置き忘れてきた様な気がしないでもありません。
毎日のように少年事件をみるとき、これは私たち大人の責任ではないのか、次の世代に私たちは何をのこすべきかと考えさせられることしきりです。本年度RIのレイシー会長は新世代にもっと関心を持つべきだと強調されていますし、仁田ガバナーは中でも0才から3才までの育児こそ最も重要だと主張されておられます。
こんな考え方いきさつで、日体大の池田敬子先生と仁田ガバナーにご登場お願いした次第です。
池田先生はメルボルン、ローマ、東京のオリンピック体操選手で世界選手権のゴールドメダリストです。日本体育大学の教授や日本体操協会副会長でもいらっしゃいます
(99-4-10 国際ロータリー2710地区第4分区IMでの挨拶)
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1988年3月、国際ロータリー主催の「ロータリー平和会議」がコスタリカの首都サンホセで開かれ、同じ会議がその年の秋に広島で開催されることが決まっていたため、様子を見る目的で赤道に近いコスタリカを訪問したときのことである。
会議の冒頭、ギター片手に歌手が「ざわわ、ざわわ、ざわわ ――」と歌い始めた。スペイン語で歌うので意味は全然不明だが、胸に響くいい歌なので曲名だけを教えてもらったが、楽譜はもらえなかった。「ざわわ」というところだけは記憶に焼きついた。
それから13年、今年8月テレビでなんと日本語で歌っているではないか。しかも作詞作曲寺島尚彦とある。30年も前、平和を祈る気持ちをさとうきび畑のなかでイメージして作られたらしい。
コスタリカは憲法に戦争放棄を盛り込んだ国で、国連大学の研究機関もある。アリアス大統領が中米の紛争解決に尽くしたと言うことでノーベル平和賞を受賞している。そんなことでわれわれも知らない日本の歌が「平和会議」で歌われたのか。
「さとうきび畑」 作詞作曲 寺島尚彦
1
ざわわ ざわわ ざわわ
広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ
今日もみわたすかぎりに
緑の波がうねる
夏の陽ざしの中で
2 (くりかえし)
むかし海の向こうから
いくさがやってきた
夏の陽ざしの中で
3 (くりかえし)
あの日鉄の雨にうたれ
父は死んでいった
夏の陽ざしの中で
4 (くりかえし)
そして私の生まれた日に
いくさの終わりがきた
夏の陽ざしの中で
5 (くりかえし)
風の音にとぎれて消える
母の子守の歌
夏の陽ざしの中で
6 (くりかえし)
知らないはずの父の手に
だかれた夢を見た
夏の陽ざしの中で
7 (くりかえし)
父の声をさがしながら
たどる畑の道
夏の陽ざしの中で
8 (くりかえし)
お父さんて呼んでみたい
お父さんどこにいるの
このまま緑の波に
おぼれてしまいそう
夏の陽ざしの中で
9
ざわわ ざわわ ざわわ
けれどさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ
今日もみわたすかぎりに
緑の波がうねる
夏の陽ざしの中で
10
ざわわ ざわわ ざわわ
忘れられない悲しみが
ざわわ ざわわ ざわわ
波のように押しよせる
風よ悲しみの歌を
海に返してほしい
夏の陽ざしの中で
11
ざわわ ざわわ ざわわ
風に涙はかわいても
ざわわ ざわわ ざわわ
この悲しみは消えない
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先日中国から来日している留学生3人と話し合う機会があり、「日本へきて日本人についてなにか気が付いたことは」という私の問いかけに二つの見方をいってくれた。
「日本人は肩からかけるカバンを腰の横か後ろに廻してかけているが、中国ではカバンは前へもってくるんですよ」
「なぜ?」
「人ごみの中ではナイフで切られることがあるので、いつでも自分で守る習慣になっているんですよ」
「日本人と顔をあわせて話をするとき、多くのひとが相手の目を見ないことが不思議でした」
これは思い当たることがある。初対面の人と会うとき名刺に目が止まり、次いでおじぎをして、5〜6人の人とつぎつぎ名刺交換をすると、顔と名前がよく分からない。
たしかに有難うございますというときは相手の目をみて言う方が良い。
ちょっとしたことだがわれわれの日常の動作の中にも、ときには考えてみることも必要だ。
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第40話「聞いてもらえる話の仕方」で私なりの考え方を羅列したが、「ロータリーの友」7月号で委員長の中村さんが「平明な言葉を選ぶ」という一文のなかで、次のように紹介されているのを読み共感したので、掲載させてもらう。
たまたま、河野裕子さんという歌人が詠まれた歌に、次のようなものがあるのを知りました。
借り物のことばで詠えぬ齢となり
いよいよ平明な言葉を選ぶ
私もこれまで時には文章を作り、頼まれれば講演などもしてきましたが、考えてみると、ことさらに難しい言葉や言い回しにこだわり、無理な背伸びをしてきたように思えます。そして私こそ借り物の言葉では恥ずかしい年齢になっているのです。(中村昌平、東京北)
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東京のホテルの庭の池に毎年一つがいの鴨が飛来し7〜8羽の子供を産み育てて4〜5ケ月後には北へ向けて飛び立つが、翌年もまたそのつぎの年もと決まって2羽で飛来することの不思議さは第9話でご紹介した。
先日は池の中央に作られた鴨のための餌箱のふちにとまった鴨が、自分が食べるのではなく池の中の鯉に餌を与えているのに遭遇した。何十匹という鯉がわれ先にと餌をめがけて群れ寄ってくるさまも珍しいが、鴨が一呼吸おきながら餌を鯉に向かって落としてやるさまは嬉々として与えることを楽しんでいるように見えた。
他人のためになにかをすることの喜びと、ともに生きることを教えられながら、紅茶を3回お代わりしてしまった。
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広島ビルメンテナンス協会の沖課長の結婚披露宴で横山専務理事が詩人吉野弘の「祝婚歌」を紹介朗読した。大変感銘の詩であったので早速検索して再録させてもらうこととした。
祝婚歌
二人で睦ましくいる為には、愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは、長持ちしないことだと、気づいているほうがいい
完璧を目指さないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと、うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが、ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
後で疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは、少し控えめにするほうがいい
正しいことを言うときは、相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか、正しくありたいとかいう
無理な緊張には、色目を使わず、ゆったりゆたかに
光を浴びている方がいい
健康で風に吹かれながら、
生きていることの懐かしさに、ふと、胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして、なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても、二人にはわかるのであってほしい
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ロータリークラブはシカゴで96年前4人の集まりから始まったが、今や163ケ国に3万クラブ約120万人を擁するまでになった。世の中の変革のさなかロータリーもこのままでよいのかと、変革がもとめられてきている様だ。
1905年創設のシカゴロータリークラブがシカゴ大学に委嘱して調査した報告書が1933年に出版され、このほどその邦訳本を読む機会を得た。この時期すでに「Service
aboveself」や「He profits most who serves best」という奉仕概念が定着していたようだが、同時に「現在、シカゴロータリークラブが充分にロータリーの理念を徹底していないと感じている会員が1/3であるとのアンケート結果も報告されている。
1933年といえば世界大恐慌のさなか、ちょうど2001年の日本の置かれている状況と酷似しているので、同様な調査をしてみるのも意義あるかもしれない。
ROTARY ?
大学グループによるシカゴロータリークラブの展望
最も古いロータリークラブの要請に基づいたシカゴ大学社会科学調査委員会による
シカゴクラブの歴史、業績、将来性に関する報告書
出版 シカゴ大学
翻訳 田中 毅 RI第2680地区PG
芦屋川RC
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10日に1話づつの積もりで書きはじめたが、20日に1話くらいになってしまった。
たまに「読んだよ」とメールが届くと嬉しいもので、継続への励みになっている。
あの頃はこんなことを考えていたのだなと日記の役割を果たしてくれている。
はじめのころまで遡って探すのは大変なので題名のみ一覧にしておくことにした。
99年 7月
第 1話 アポリジニに学ぶべきこと
第 2話 1万メートルの上空から眺める
8月
第 3話 公園の清掃で
第 4話 奈良公園の芝生は誰が刈っているのか
第 5話 金子みすず「大漁」
第 6話 金子みすず「蜂と神さま」
第 7話 掃除と人間修行
第 8話 5段階より4段階評価
9月
第 9話 鳥の不思議
第10話 百年前に学ぶ
第11話 マツダ防府工場に学ぶ
第12話 野のゆり
第13話 蝶の不思議
10月
第14話 自分に問いかける
第15話 ゼロエミッションの副作用
第16話 新しい発見
11月
第17話 かんきょうな想い
第18話 2000年という年
12月
第19話 都市ごみ「ゼロエミッション」思いつくまま
第20話 「健康的室内空気の快適環境」――生活者の立場からの雑感
00年 1月
第21話 100年前と100年後
第22話 岩村博士とPHD運動
第23話 21世紀の夢
2月
第24話 標準作業
第25話 由布院雑感
第26話 朝起き
3月
第27話 ピカピカの床面が語るもの
第28話 建物床面(ハードフロア)の保護膜に求められる機能
第29話 いわおこしの道路
第30話 中国語でうたう日本の心の歌
第31話 Do your best
第32話 日本人の源流
4月
第33話 鳥が教えてくれた空(その1)
第34話 鳥が教えてくれた空(その2)
5月
第35話 都営地下鉄の中吊り広告
6月
第36話 貝原益軒
第37話 高村光太郎の「牛」
第38話 エスカレーターに見る文化
第39話 初心者のための席の譲られ方講座
第40話 聞いてもらえる話の仕方
7月
第41話 情報過多に悩む
8月
第42話 後藤田5訓
9月
第43話 暑さを想いだす
11月
第44話 どうなって行くのか日本
12月
第45話 年間9兆円の官公庁保全の世界の縮減に挑む2つの方法
第46話 世界の窓から日本の保全業務の問題点を眺めてみると
01年 1月
第47話 マングローブが造る環境
第48話 温感を養う
第49話 地球法廷 環境を問う
第50話 都市社会学とロータリー
2月
第51話 黄河の断流
3月
第52話 米国の契約書
4月
第53話 ひとりごと22ケ月
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米国国防省が発注する在日米軍関係の小学校などのハウスキーピングの仕事を入札告示する書類を見る機会があり、契約社会と聞いてはいたものの日本との違いにびっくりしたのでその一部を紹介する。
* この程度の仕事を日本で告示するならせいぜい2〜3ページだと思うが、米国のは4〜50ページもある
* 提案書の提出を求めており、提案書の評価基準も別に定められているようだ
* 請負業者が遵守すべき法規および行政命令が51項目も並べられているが、例えば「人種差別の禁止」「ベトナム戦争退役軍人雇用報告」「中小弱者企業の参加プログラム報告」「最低賃金および福利厚生給付」など
* 最低価格を示す提案書以外の提案書を採用することができる契約書や仕様書の内容をまだみていないが、かなり参考にすべきものもあるに違いない。
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2月12日のNHK「21世紀は水の世紀」で黄河の下流約1,000Kmにわたり全く水のない川底を見てびっくりした。上流で農業振興が進み水の需要が急増した結果だそうだ。対策はなかなかなくて、結果的に採択された方法は「南水北調」ということで、揚子江の水をトンネルと揚水ポンプにより、何千Kmを運ぶことらしい。完成まで50年かかるということだから、中国の話は壮大だ。
ユーフラテス川の上流水源地帯のトルコでダムを沢山造ったため、下流域のシリアでは農業用水が取水出来ず国際問題に発展しているとのこと、また21世紀は水が石油に変わって戦略物資になるとの見込みでトルコは周辺諸国へ水を供給する計画を立てている。
日本でももっとも自然が保たれていると言われている四万十川ですら、山の手入れ不足が原因で水量不足のため、鮎が育たなくなってきたとのこと。
人間が自然を壊してきていることがいよいよ深刻な事態を引き起こしているのだろうか。21世紀は水に注目である。
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都市社会学もロータリーもその発祥の地は同じ「シカゴ」であるというのが、その会議での小谷典子教授の講演のはじまりであった。
シカゴは17世紀に先住民の集落として発見されて以来、大陸横断鉄道の拠点として、農産物の集散地として飛躍的な発展をとげたが、多民族による急速な人口増加と都市化は当然のことながら、成功と貧困そして多くの犯罪の共存する都市となる。
発展と矛盾の変化を明確に観察できることが、後にシカゴ学派と呼ばれる社会学が発生することに繋がるのだそうだ。
バーモント州の田舎町からシカゴに出てきた青年弁護士ポール・ハリスも、不信と孤独の都市のなかで友情の輪をひろげるロータリークラブを立ち上げるのだ。
都市社会学とロータリーがほぼ時を同じくしてシカゴに生まれたことはそれなりの環境があったという事だろうか。
女性の社会改良学者でのちにノーベル平和賞をうけるジェーン・アダムスが最初にセツルメントハウスを造ったのもシカゴだし、建築にもシカゴ学派というのがあるそうで、そういういみでは、改めてシカゴを訪ねてみたいと思う
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再放送ではあるが初めてだし明日は休みだからということで、昨夜0時から1時半まで興味深くテレビにかじりついていた。
テーマを二つに分けて第一は化学肥料と農薬、遺伝子組替えに頼る農業、第二は地球温暖化防止。世界中から集まるメールの紹介、インタビュー、取材画面と多彩だが、問題の深刻さが良く見える、考えさせる番組である。一夜あけて記憶に残ったさまざまな断片を紹介してみよう。
第一の農業問題
* 農薬すべて悪という風潮があるが、十分なテストを繰り返し一生摂取しても安全という許容範囲で採用されている。全くリスク0では人口増加に対応できない。
* スイスでは有機栽培を国民投票で決めている。…
この結果末端価格が高くなったが国民は納得している。
* 遺伝子組替えのとうもろこしは害虫の消化器を壊すので害虫は生きて行けない。
農薬を減らす方法として画期的である。
* 遺伝子組替えの植物で蝶のさなぎが死滅する現象がではじめた。自然の生態系にどんな影響がでるのか、もう少し時間をかけてみる必要がある。
* インドで小麦の大量生産化「緑の革命」に成功したかに見えたが、塩分の多い土壌になり耕作出来なくなった。
第二の地球温暖化防止の問題
* 個人の家で省電力に努力し節約した電気代で海外旅行に出かけていては、はたして温暖化防止に役にたっているのか。
* 排出権を金で売買するのは環境倫理に反する。
* シアトル市は市営の石炭火力発電所を閉鎖し、風力その他に切り替えることにした。
* ノールウエーは増加する電力需要を外国から購入するか(デンマークの石炭火力)、国内で天然ガスの発電所を作るかで国をあげて論議中。
* アメリカ人一人の排出CO2は途上国の100〜400人分。
感想
いずれにしても大変な問題であり、地球規模で解決しなくては21世紀末はないかもしれない。
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土地勘はあまり良い方ではないが、目下温度感覚を養うことを訓練中である。
朝、2階の寝室から階下のトイレへ行くまでに肌で感じる寒さから、外気温を予測するのである。木造家屋で隙間があり断熱も不十分で外気の影響があるから出来ることなのだが、トイレには室内温度と屋外温度の両方がよめるようにしてある。今予測した外気温と温度計の差がプラスマイナス1度Cまでなら合格。3度も狂うようでは体調よくないなあとおもう事にしている。
毎日やっているとかなり勘が効くものである。学習効果とはこんなことを言うのだな。
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都市社会学もロータリーもその発祥の地は同じ「シカゴ」であるというのが、その会議での小谷典子教授の講演のはじまりであった。
シカゴは17世紀に先住民の集落として発見されて以来、大陸横断鉄道の拠点として、農産物の集散地として飛躍的な発展をとげたが、多民族による急速な人口増加と都市化は当然のことながら、成功と貧困そして多くの犯罪の共存する都市となる。
発展と矛盾の変化を明確に観察できることが、後にシカゴ学派と呼ばれる社会学が発生することに繋がるのだそうだ。
バーモント州の田舎町からシカゴに出てきた青年弁護士ポール・ハリスも、不信と孤独の都市のなかで友情の輪をひろげるロータリークラブを立ち上げるのだ。
都市社会学とロータリーがほぼ時を同じくしてシカゴに生まれたことはそれなりの環境があったという事だろうか。
女性の社会改良学者でのちにノーベル平和賞をうけるジェーン・アダムスが最初にセツルメントハウスを造ったのもシカゴだし、建築にもシカゴ学派というのがあるそうで、そういういみでは、改めてシカゴを訪ねてみたいと思う
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シドニーで開かれたWFBSC世界大会にジャパンフォーラムのセッションを持つことが出来たのは、新しい試みですばらしいことだった。とりわけ官公庁の契約期間や評価に的を絞ったので日本と海外諸国の違いが鮮明になったことである。例えば日本の官公庁契約は期間が原則1年であり、従来複数年契約であったものも毎年入札の方向に変わりつつあるように思う。その理由は会計年度が1年ということと、競争の機会を増やしてより安くが目的らしい。それにひきかえ海外のスピーカーの話はつぎのとおりであった。
米国―3〜5年が原則でこの方が政府側に有利という判断のようだ。参加資格審査に通ればプロポーザルを.。
提出、入札は最低札で決まるが、価格だけで決めることは実際的でないと分かってきた。
英国―5年間の契約だが金額は1年ごとの見直し。随意契約にはパートナーシップの益があるという見方。
PFIの場合は25〜30年の契約。
豪州―3年契約でさらに1年ごとの金額見直し更新。普通5年だが最長10年。
韓国―日本に近い形で毎年入札。98年から参加資格強化。今年から一部5年契約も始まった。
評価、検査の点についても、契約通りの履行がなされているか否かで、罰金、解約、将来の参加資格取り消しなどが契約に明記されているのだそうだ。
このフォーラムは清掃をテーマにしているが、どうやら海外の発注者は発注者自身の利益のために長期の契約を実施しているらしいことが分かってきた。入札事務の簡略化を理由に述べていたが、私は労働集約型産業の習熟度の上手な利用とか、機械化の進行が然らしめていると思う。
ここで日本の入札が1年にこだわるのは何故なのか、前から考えていたことだが、結論はあまり研究されないまま会計年度が1年だからとかで何となく慣習的にやっているだけに見えてきた。明確な検討がなされてこなかったことに対し私たちの努力不足も否めないがこの際海外事情、あるいは民間の知恵を研究して毎年入札を根本から考えなおす必要がある。
何十万人という保全の従事者を1年限りの使い捨ての感覚で働かせるのではなく、良質の仕事をし改善の提案をする企業をこそ継続して契約するという「インセンティブ」を与えながら上手に使っていけば、巨額の税金を投入した施設の生涯管理を見据えた「節約」に必ずつながる筈だ。今年こそこのテーマを実現に結び付けたいものである。
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過日食品関連の社長さんからお聞きした話。国内ではコストが会わなくなってきたので、一部の生産を中国で始めたところ、中国産の方が品質が優れ、コストも安く、それでいて中国の業者は結構利益をあげているとのことであった。
同じような事で、新幹線の中のWEDGE10月号には、中国に進出した日本企業は当初は労務費の削減が目的であったが、反面品質の維持には苦労を強いられた。しかし今では中国の分工場のほうが不良品率が小さく、工場内の規律、労働意欲、コスト競争力すべて日本の本工場を上回り、日本の製造業の将来が思いやられるとの内容であった。
この記事を読んだ直後であるだけに、先日の社長さんのお話は切実な想いで聞いた次第である。製造業だけでなく毎日の新聞紙面には、金融不祥事、少年の犯罪、学級崩壊等々枚挙にいとまないほど、心が暗くなることがあまりにも多い。
日本の長い歴史のなかで今日と同じような環境に置かれた時代があったにちがいない。歴史を振り返ってみてその中から解決策を見出してゆくのも一方法かなと思う。
2ケ月前シドニーで開催されたWFBSC世界大会でビルメンテナンスの契約方法についても意見交換が行われた。欧米は5年前後の継続的な契約が主流のようだ。長く日本の方式を取り入れてきた韓国ですら欧米式を模索しているようにうかがえる。
では日本はどうか。種種の方法がありいちがいに言えないが、どちらかというと前者の方式が主流であって、保有資産の劣化、保全産業の遅れが懸念される。
LCC, LCCO2が重視される時代になって来たこの際、官公庁の契約方法は大きな研究テーマとして取り組む値打ちがある。世界の潮流に乗り遅れないように。
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過日食品関連の社長さんからお聞きした話。国内ではコストが会わなくなってきたので、一部の生産を中国で始めたところ、中国産の方が品質が優れ、コストも安く、それでいて中国の業者は結構利益をあげているとのことであった。
同じような事で、新幹線の中のWEDGE10月号には、中国に進出した日本企業は当初は労務費の削減が目的であったが、反面品質の維持には苦労を強いられた。しかし今では中国の分工場のほうが不良品率が小さく、工場内の規律、労働意欲、コスト競争力すべて日本の本工場を上回り、日本の製造業の将来が思いやられるとの内容であった。
この記事を読んだ直後であるだけに、先日の社長さんのお話は切実な想いで聞いた次第である。
製造業だけでなく毎日の新聞紙面には、金融不祥事、少年の犯罪、学級崩壊等々枚挙にいとまないほど、心が暗くなることがあまりにも多い。
日本の長い歴史のなかで今日と同じような環境に置かれた時代があったにちがいない。歴史を振り返ってみてその中から解決策を見出してゆくのも一方法かなと思う。
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今年の暑さは格別であったようだ。35度を超える暑さに昔の暑さをつい想いだしていた。
昭和15年、1940年中学1年生、当時は今日の温度はなどと言っていた記憶はないが、多分同じ様な暑さだったのだろう。我慢できなくなればすぐ近くの元安川に泳ぎに行くことも出来るが、家の中では冷房はおろか扇風機もない時代、パンツ一枚で濡れたタオルを肩にかけ,うちわ片手に「少年倶楽部」を読んでいたのが、夏休みの記憶である。
さらに辛いのは広島の夕凪の長さである。夕凪は昼間の海軟風から夜の陸軟風に切り替わるときの無風状態のことをいうが、広島ではこれが夜の9時10時まで続くのである。
縁台、団扇、花火、蚊取り線香、蚊帳などその当時を思い出すものは数々あるが、今の子供たちには夕凪などその存在すら知らないのではないだろうか。
「ひとりごと」が一ヶ月もあいてしまったのは、決して暑さのせいではない。
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10日に1回の積りで書きはじめた「ひとりごと」も昨年7月から1年で41話を数えたから、まあまあ目標達成とみてよいか。しかしこの1ケ月は夏バテもあってしばらく空いてしまった。6月には総選挙があり7月には新しい内閣も誕生したが、「日本株式会社」の行く末は茫洋として見えないままである.。そんな時昔の部下がえらく出世したと聞いたので1日訪問してみた。よもやま話の中で将来見通しになったとき、薦められたのが発刊まもない「座して待つのか、日本人」であった。
著者の的場順三氏は大蔵省,内閣内政審議室長、国土庁事務次官を歴任し、今は大和総研の理事長である。どうすれば日本が救えるかという意図で書かれたらしいが、興味のある方はご一読あれ。
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朝、新聞受けから朝刊を取るたびにオリコミ広告の多さにうんざりする。試みに目方を量って見たら新聞175gr、オリコミ広告300gr。資源ごみとして括った1週間分の新聞は1、5Kg,片やオリコミ広告と情報誌類では4、7Kg
情報に多く触れることの重要性はわかるが、とても目を通す気にもなれない。私のもち時間を考えると、右から左へと捨てる作業でせいいっぱいである。
会社へ送られてくるダイレクトメール類も封を切らずに捨てるものがかなりある。何かの調査資料で読んだが、ダイレクトメールの開封率は1%だそうだ。
どうしたらよいのか、良いちえがあったら教えて頂きたい。
今日私が紹介したいのは、後藤田官房長官が内閣の五つある審議室長にたいしての訓辞のことである。ビジネスに取り組む姿勢としても参考になるので記してみた。
第一「省益を忘れ国益を想え」
第二「嫌な事実,悪い事実は速やかに報告せよ」
第三「勇気をもって自分の意見を言え」
第四「私の仕事ではないと言って争うな。自分の仕事であると言って争え」
第五「決定が下ったら速やかに実行せよ」
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結婚式、葬式はては選挙の応援演説にいたるまで数多くの人の話を聞く中で、「聞いてもらえる話の仕方」の条件を列挙してみることにした。日々人の話を聞く中で考えてみるのも、これまた勉強である。
1 長々と話すのはマイナスが多い
早く話しを切り上げてほしいと聞き手に思われたらおしまい。聞き手の反応を感知するセンサーを持っていなければならない。
2 連続して挨拶するときは前のひとと重複しないほうが良い
葬式の弔辞でよくあるケース。
3 具体的な内容のほうが人を惹きつける
抽象的な話をして聞き手に具体的事例を想像させるよりも、具体的な事例を話して聞き手の頭の中で抽象化をしてもらうほうが理解が進むのではないか。
4 メモを読み上げる話は迫力がない
少々詰まっても、また訥々としててもメモは見ないで、聞き手の顔を見ながら話したほうが、訴える力は強い。
5 意外性もときには有効
聞き手にとって予想しなかった話は聞いてもらえる。
6 話の目的が激励、お祝い、慰め、頼みごと、お詫び、交渉、目的なしまで含めて共通して必要なことは「誠意」かな。
7 料理をたくさん並べても食べてもらえなければ意味はない。少量の情報でも相手に吸収されれば効果ありだ。
8 「初めに言葉(ロゴス)ありき」(ヨハネ福音書)コミュニケーションはここから始まる。
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